400百万年前に誕生した琵琶湖が育む食文化 総貯水量275億立米、最大深度103メートル 面積670平方キロの巨大な湖は独自の進化を遂げた魚介類の宝庫
琵琶湖は広く、しかも水深が多様な為、温水性と冷水性の魚介類が生息しています。
豊かな琵琶湖の水産資源と豊穣な田畑に恵まれた琵琶湖周辺は、半農半漁形態の人々の営みが長年続けられ、独自の食文化を生み出しました。
二ゴロブナ、ゲンゴロウブナ、ギンブナ、コイ、ウナギ、ナマズ、モロコ、ビワマス、アユ、イサザ、ドジョウ、シジミなど、その殆どが外の水域とは隔絶され、長い時間を掛けて、琵琶湖固有種として、特徴を持っています。
また、琵琶湖固有の豊かな恵みを、保存食・祭食・滋養食として最大限に利用する為、人々は独自の食文化を発展させ、今に伝わっています。
創業百五年の魚三
明治三十八年 琵琶湖の湖北 長浜の町に初代 藤林三弥 が創業した魚三は、琵琶湖周辺の伝統的な淡水魚介食文化を今に伝えています。
様々な淡水の魚介類を漁師から直接買い付け、長浜を中心とした湖北地域はもちろん、京都の料理屋などにも、琵琶湖の水産物を送っています。
魚介類のなれ寿司、鰻、鴨、鮒、琵琶鱒、いさざ、ほんもろこ、川海老他、多くの琵琶湖の素材とその加工品を扱っています。
素材と加工にこだわる魚三の伝統は、現在、四代目 藤林英孝が受け継いでいます。
琵琶湖の淡水魚介類その一 湖鮎(こあゆ)
琵琶湖の鮎は湖鮎(こあゆ)と呼ばれ、一般の河川の鮎と違って、成魚でも7〜8センチぐらいにしか育ちません。
琵琶湖の鮎は海を知りません。一般河川の鮎は中流と下流の境目あたりに卵を生み、孵化した仔鮎は海に下り、体長が7〜8センチになると、川に遡上します。
琵琶湖の鮎は琵琶湖で一生を終えるものが多く、つまり、琵琶湖の鮎にとっての琵琶湖は海なのです。
不思議なことに、琵琶湖では大きく成長しない琵琶湖の鮎を一般河川に放流すると、一般の鮎のように成長します。鮎のDNAは生育地域で微妙に違いはありますが、琵琶湖という特殊な環境にあって、大きくならない琵琶湖の鮎の味は生まれます。
冬の湖鮎漁(刺し網漁)
湖北地域の漁師は厳寒期に刺し網で鮎を獲ります。夜中に出港し、刺し網を仕掛けて港に戻り、再び、夜明け頃に網を引き揚げに向かいます。
私が同乗したのは、長浜の漁師 杉本さんの船です。良く整備されている船は非常にスピードが出るようで、
『ここはヤンマーはん発祥の地やから、どの漁師もエンジン回りには金を掛け、高速航行を競うんや!』杉本さん談
見た目は海のような琵琶湖ですが、波がほとんど無いので、ともかく、船は速く、あっという間に、刺し網の仕掛けた場所に着きました。
銀鱗と言うより、透き通った鮎が網に掛かり、キラキラと美しい漁です。小さい湖鮎は氷魚と呼びます。湖上の気温は零度前後、小雪がちらつく中、まさに氷魚です。
全部で長さ2キロほどの網を引き揚げ、船は猛烈な速度で港に向かい、港近くの杉本さんの家で網から鮎を外します。
もっと鮎が大きくなり、漁が増えると、船上にやぐらを建て、鮎を網から外しますが、この時期は作業小屋で外す作業をします。
杉本さんに網から取ったばかりの鮎と青葱で鮎すきを作ってもらいましたが、これが美味!いくらでも食べられると思うほどシンプルな美味でした。
氷のように透明な鮎はあっという間に真っ白になり、緑の葱との相性抜群です。
杉本さんの鮎を魚三が買い取り、魚三の鮎の串焼きを担当しているお婆ちゃんたちの焼き小屋に向かいしまた。
ひとりのお婆ちゃんが黙々と串に刺し、ひとりのお婆ちゃんは見事な手さばきで、鮎の串を焼きあげていきます。
使っているのは黒炭ですが、炭火と鮎の距離が近く、熟練の技と感が無ければ、とても上手には焼けないと思いました。
小屋の周辺には鮎の香りが漂い、『小さいけど、やっぱり鮎は炭焼きに限る!』と思った瞬間です。
湖鮎のつくだ煮
水揚げされたばかりの鮎は魚三の調理場に持ち込まれ、さっと洗って、つくだ煮になります。つくだ煮と言っても、飴煮ではないので、それほど甘くなく、固くもないのが、琵琶湖周辺の鮎のつくだ煮です。
味付けはシンプルに醤油、酒、砂糖、味醂、山椒のみ。優しい甘さに微かな苦みが絶妙です。もちろん、添加物とは無縁です。
真冬の湖鮎は小さいけど、骨が柔らかで、腹も固いので美味!
鮎に関しては、『○○川が美味』『初夏の小ぶりの鮎が美味』『いやいや、大きな鮎の子持ちが美味』などなど、一家言ある方も多いですが、この琵琶湖の湖鮎はある意味で一般の鮎とは別物だと思います。
あえて、『湖鮎』と呼びたいのは、『いわゆる鮎』とは、そもそも、違う素材と思えてならないからです。 夏に向けて、小さな湖鮎はもう少し大きくなります。それはそれで美味とのこと。 琵琶湖の鮎道を是非とも極めたいものです。
幻の美味魚 琵琶湖の本もろこ
日本全国で8種類のモロコ種が確認されていますが、琵琶湖・淀川水系の固有種である『ホンモロコ』はその中でも突出した美味とされ、多くの関西の食通をうならせてきました。
琵琶湖の生息環境の悪化と外来魚の食害で、今や幻の美味魚となってしまった『本もろこ』はコイ科の中で最も美味と言われています。脂がのった、冬から初春の琵琶湖産の本もろこは天下の美味です。
琵琶湖の淡水魚介類その二 姉川に遡上する鮎
琵琶湖で育った鮎(湖鮎)は成長すると、琵琶湖に流れ込む河川に遡上します。
一般的な鮎は海で育って、生まれた川に遡上しますが、琵琶湖の鮎にとって、琵琶湖は海代わりなので、琵琶湖から、河川に登り産卵します。
姉川・安曇川などの琵琶湖に流れ込む河川には『やな』が仕掛けられ、琵琶湖から遡上する鮎を獲ります。
魚三では主に姉川(織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が戦った姉川の合戦の場)の『やなの鮎』を扱います。
一般的な河川のやなは落ち鮎を狙いますが、琵琶湖の場合は遡上する鮎を狙います。その為、小ぶりですが、骨が柔らかで、ワタの香りと苦みが魅力の若鮎が賞味できます。
小ぶりの鮎は塩焼きや揚げ物にして、頭から骨ごと頂くと、その魅力が最大限に伝わります。皮も柔らかで、身もほっくり、実に美味です。
(食文化 代表 萩原章史)