幻の魚 イトウは鱒と岩魚を足して割ったような洗練された味
鬼も食ったら実はうまい!と唸る美味である
北の大地の淡水域では無敵のイトウも
人には勝てない
サケ目サケ科イトウ属に属するイトウは、他のサケ科の魚種と違い、海で育つ事はない。下流の湿地帯や湖沼が住処で、産卵場所が上流域の故、川の上流から下流までが生育場所として必要なイトウ。
河川改修で住処やえさ場が減り、ダムや農業用の堰などがイトウの産卵場所への道を閉ざしたことで、その個体数は大きく減少し、今では『幻の大魚』と呼ばれている。
巨大魚を追い求める釣り人たちもイトウにとっては脅威となる。
最近は熱心な保護活動が実り、その数を徐々に増やしているとはいえ、まだまだ、自然界では幻の魚である。
青森県鯵ヶ沢町役場が確立したイトウ養殖ノウハウ
青森県鰺ヶ沢町のイトウ養殖事業は、昭和60年に青森短大の三上孝三氏(故人)に養殖を勧められ、
同氏が養殖していたイトウの3年魚136尾を譲り受け、サケの孵化場で試験飼育したのが始まり。
左からイトウを育てる鯵ヶ沢町役場の加藤さん、
工藤さん、佐藤さんと私(食文化 萩原)
イトウの道を切り開いた、
鰺ヶ沢町農林水産課の加藤隆之
東海大学海洋学部水産学科卒業後、鯵ヶ沢役場に入った加藤隆之は、その年(1985年)の秋からイトウの試験飼育に取組み、鯵ヶ沢のイトウプロジェクトにその後の人生を賭けたと言っても過言ではない。
87年、人工授精でイトウの孵化に成功したものの、稚魚と親魚の殆どを病気で斃死する危機に見舞われる。その後はイトウ専門の養殖場の建設に尽力し、岩崎村(現在の深浦町)から7年魚を40尾譲り受け、新養殖場でのイトウ養殖を再開する。
89年末、試行錯誤の末にイトウの初出荷にこぎ着けるなど、まさに、鯵ヶ沢イトウ養殖をゼロから作ったのが加藤である。
考えてみれば、時はまさにバブル全盛期。全国各地の自治体が夢に巨費をつぎ込み、その多くは頓挫した。鯵ヶ沢のイトウプロジェクトが30年経っても健在なのは、まさに希有な例と言っても過言ではない。
加藤他、鯵ヶ沢町農林水産課のイトウ担当者たちがいなければ、単なるバブルの夢で終わったかもしれない。
水産庁通達に反して、サハリンから
イトウ受精卵を持ち帰った勇気
加藤は95年と96年、エリツィン政権混乱期にサハリンを訪れ、現地で野性のイトウを捕獲し、人工授精を施し、受精卵を持ち帰った。
持ち帰らなければ、今どうなっているかは検証できないが、イトウに新しいDNAが加わり、鯵ヶ沢のイトウ養殖を盤石にしたのは間違いない。
※近親交配が進むと病気や奇形が増えて、養殖は難しくなる。
鯵ヶ沢にイトウという水産資源を確立したい!という、加藤の強い思いが成せたこと。
その2年後には法制化されたことから、鯵ヶ沢町のイトウは一歩間違えれば、今は無かったかもしれない。
イトウに限らず、養殖技術を確立するには、必ず人生を掛ける人がいると言っても過言ではない。イトウは鯵ヶ沢役場の水産担当の加藤隆之がまさにその人である。
白神山地の沢水が
イトウを育む
白神山地を源流とする
赤石川支流の沢から取水
この水がイトウには
良かった!
白神山地のブナ原生林を水源とする、赤石川の支流の佐内沢の水はイトウとの相性が良かった。山間の沢に堰を作り、そこから導水管で養殖場に水を引き込むことで、夏でも15度以下、冬でも凍らない清らかな水を安定的に取り込めることになった。
87年にイトウをほぼ全滅させた水質問題の解決の為には、この水の確保は最重要事項だった。
イトウは用心深く、神経質な為、養殖のちょっとした工夫の違いがイトウに大きなストレスを与え、養殖を失敗させかねない。自然に近い環境で、イトウに合わせた飼育方法を確立する為の試行錯誤が、30年間の歳月ということだ。
イトウはうまい!どんな味?
答えは、イトウはイトウの味
成長が遅い
イトウの身質は
非常に締まって
います
締めたては、若干淡白でコリコリした食感が印象のイトウだが、氷温で数日間熟成すれば、驚くほど味わいが深くなる。
イトウはサケ目サケ科イトウ属に属するが、属は世界で4種しかいない。
味はビワマスとサクラマスとイワナを足して3で割ったような印象でもあり、しっかりした身質は泳力が強い白身の魚に似ているとも言える。
まさに、イトウはイトウ味なのである。
寄生虫がいないので、そのまま刺身で楽しみ、焼いて楽しみ、骨や皮も余す事なく堪能できる。
上質な脂があるので頭や中骨を使って鍋にしてもうまい。
サクにして氷温で4〜5日熟成させ、山葵醤油は絶品!煮きり酒と醤油で30分ほど漬けにして寿司や丼もうまい!
鬼退治の鬼供養は、余す事無く鬼を食べる!それに尽きる。
漬けにして丼もうまい
イトウの脂は上質で透き通る
故開高健のCMが懐かしい俺たち世代
1987年、日本はバブルの絶頂に向かっていた。
その頃、サントリーがローヤルというウイスキーのCMを、凝りに凝った内容で制作していた。
CMが2分とか3分という、今では考えられない高品質で贅沢なCMだった。
その中の一つ、故開高健氏がモンゴルの大平原で幻の大魚イトウを追う回がある。
グラスをキュッキュと拭いて、お日様にかざし汚れをチェックして、ウイスキーの蓋を止めているひもを切り、コルクの蓋を開け、
『ドゥドゥトクトクトク・・♪』と注ぐ。
懐かしく思う方も多いはず。
日本の多くの男が大きなロマンを追えた時代だ。
鯵ヶ沢のイトウはそんな男のロマンが残した、奇跡の大魚かもしれない。
せっかくのロマンの大魚。男たちの心血を餌にして育った大魚。
それだけの力を持った鬼魚を食えば、俺もきっと少しはロマンと力を得られるだろう。
㈱食文化 代表 萩原章史