秋田県内で最も広い原生林が残っている山域が和賀山塊です。
和賀岳(1,440m)、朝日岳(1,376m)、小杉山(1,229m)、白岩岳(1,177m)、モッコ岳(1,278m)など、千メートルを越す山々に囲まれ、堀内沢、生保内川、シトナイ川、部名垂沢、行太沢、大相沢、袖川沢などの数多くの渓流が源を発しています。
原生林の面積は秋田県側だけで1万haを超え、非火山地帯であるが故に、噴火による大規模な自然破壊がなかったので、巨木を頂点とした豊かな自然が顕在です。
この山塊の水が滝となり、渓谷を流れ、伏流水となって田沢湖ビールの井戸に湧いてきます。この美水が美味な麦酒の素地になります。
【右写真:日本一大きなぶな(推定樹齢七百年以上)神が宿ると言われたら信じてしまいます】
和賀山塊の木々は奥行が深く、色も濃い
和賀山塊の水を集める抱返り渓谷の清流
和賀山塊は多くの滝の源でもあります
ビールを作るにはモルトが必要となります。わかりやすく言えば、水飴の元になる麦芽糖を蓄えた発芽大麦を焙煎乾燥させて、芽と根を取り去り、貯蔵できるような状態に加工することがモルト作りです。
簡単なようですが、このプロセスでビールの味も色も香りも変わるので、一般的な地ビールではモルト専門業者に製造を委託するか、輸入のモルトを使っています。
元々、わらび座の社員食堂に使っていた建物を改造して、モルト製造設備を新設しました。大きく分けると、大麦を洗って浸水して、温度と湿度を管理して大麦を発芽させ、乾燥焙煎して、ビールの種類ごとにモルトを完成させます。
大麦の発芽状態は刻一刻と変化するので、工場長の小松勝久さんは泊まり込みで寝ずの番をします。
私が訪ねた時にはモルト造りは終わっていましたが、発芽大麦が下に落ちて、もやしのように伸びているのを見つけました。原料が生きている!まさにその実感です。
(写真上):この部屋で大麦は発芽して糖化酵素が生まれます
(写真中央):発芽大麦を乾燥させる工程。温度の違いなどでモルトの特徴が決まります
(写真下):発芽大麦がこぼれて、工場のすみで伸びていました
ビールの製造は基本的に太古の昔から変わらないそうです。麦芽糖を酵母がアルコールに転化してビールは生まれるわけですが、もちろん、そこにはホップが加わり、微妙な味や香りやコクの管理があるわけで、原料の大麦の違いやモルト製造工程の違いなど、様々な組み合わせを加味してビールを完成させるのは、まさに職人技です。
粉砕したモルトはもろみ(糖化液)に変身!
発芽大麦を乾燥させたモルトを粉砕して仕込みに入ります
田沢湖ビール皆さん 左から西宮さん、田口支配人、小松工場長、佐々木さん
そもそもビールはメソポタミア文明の時代に製造方法が生まれ、エジプトの王墓の労働者への配給品として記録が残るほど歴史があります。
田沢湖ビールはビールを濾過しないので、天然酵母が生きています。その為か、ビールの泡にも力があり、注いだ時に泡がそそり立ちます。
ビールの本場ヨーロッパ、とりわけドイツ周辺で愛されている伝統の5つのスタイルのビールを手作りで醸造しています。アルト・ケルシュ・バイツェン・ダークラガー・ピルスナーと呼ばれるビールはそれぞれに個性豊かな味わいを醸し出し、わらび座を訪れる人々ののどを潤してきました。
大手ビール会社では大量生産が求められると同時に、味の変化が許されないので、モルト以外の原料を混ぜて味や品質を調整することが多いですが、田沢湖ビールは自然な醸造法を守り、毎年、毎年、その年の原料と環境で美味しいビールを作り続けてきました。
「新米がおいしいように、新しい麦には甘みや新鮮な香りがあり、それがビールの味にも反映される」(小松勝久工場長)。ワインほどではないですが、ビールも作られた年によって、味に違いが出ます。それも地ビールの魅力の一つです。
麦酒の元となる、水・大麦(自家製造のモルト)・ホップ・酵母・空気の全てが秋田産。 これだけこだわった地ビールはほとんどないです。もちろん、醸造技術が素晴らしいので、味もピカイチ!キレがあっても味があり、温くなっても美味な麦酒は本物です。
(文・株式会社 食文化 代表取締役社長 萩原章史)