幻の満州豚の血を受け継ぐ究極の美味豚
数奇な運命で生き残った原種『満州豚』
ランドレース(L)と ヨークシャー(Y)を交配し、さらに バークシャー(B)を掛け合わせて生まれた LYB豚(ルイビブタ) 2つの究極の血統が合わさることで、上質にして美味な豚が生まれる。
これまでの“満州豚”
満州豚は、日本に流通している豚よりも、肉の味が濃くイノシシに近い肉質を持った原種豚です。
適度にサシが入った肉質はとても旨味がありますが、歩留まりが悪く成体でも60〜70kg程にしか成長しないことから、日本の一般流通に普及することがありませんでした。 東日本大震災前までは、満州豚を生産している業者は数人しかおらず、その中でも原種を保有しているのは日本では新妻尚二郎氏しか確認されていませんでした。
「俺は、変わりもんだからね 趣味でこの豚を守ってるんだよ…」2008年当時の新妻氏談
新妻氏個人で原種保存をしていることから、満州豚の生産数が極めて少なく、原種のみでは月に4,5頭が肉加工される程度でした。その肉も一般の豚と同等に小売されてしまう為、希少な原種豚の肉と知って食していた消費者は皆無でしょう。
戦時中に密かに運ばれた“満州豚”
第二次世界大戦中の1942年、中国大陸のある港から3隻の輸送船が密かに日本へ向いました。時の宰相東条英機は豚についても詳しかったらしく、本土決戦にそなえ、雑草やイモヅルなどで飼育できる“豚”に目をつけたそうです。輸送船の積荷は“満州豚”。輸送の途中で2隻は撃沈されてしまい、1隻のみが本土に辿り着きました。
その後“満州豚”は各地に配布され、その一部が、茨城県古河市の陸軍駐屯所に送られました。軍はこれをハム加工業者を通じて付近の農家へ貸しつけ、肥育し繁殖させた上で仔豚を供与させることにしました。
満州豚を引き継いだ新妻尚二郎氏
満州豚は多産で1960年には26頭の世界最高を記録したことがあり、肉質は脂肪が薄く、肉は赤くとても旨味が濃く良質なのですが、歩留まりが悪く発育が遅いという、畜産農家にとって致命的な欠点を有していました。その欠点から生産者が増加することはありませんでした。
昭和47年、福島県の病院建設の作業でこの地を訪れていた新妻氏は、建設場近くで食べた豚の焼肉(満州豚)があまりに旨いことから、その焼肉店に通うようなり、偶然その焼肉店に訪れていた近江氏と出会うことになります。 新妻氏と近江氏は意気投合し、満州豚の原種を分けてもらい、趣味で育てることとなりました。その後、近江氏が病気に倒れ、満州豚の飼育を断念してからは、新妻氏がその情熱を引き継ぎ、今日まで満州豚の原種保存をしてきました。
満州豚に情熱を注いだ“近江弘”
北海道のサラブレッド牧場の生まれである近江弘は、競走馬の育種を志して満州(現:中国東北部)に渡りましたが、日本が敗戦濃厚となったころから帰国し、茨城県古河市で養豚と養鶏を営んでいました。
滞満中から豚にも精通していたことから、陸軍から豚の貸付に呼び集められたときに、即座に「大漢猪」「中漢猪」「荷包猪」と呼ばれている「満州豚」であることを直ぐに見抜いたそうです。大漢猪とは大型の満州豚、中漢猪とは中型サイズの満州豚、荷包猪とは荷物に包めるほどの小さい満州豚のことをいいます。
18頭の満州豚は、くじ引きで分配され、近江氏は雄雌ともに最も小さい満州豚「荷包猪」を入手することに成功しました。“満作”と名づけられた65kgの雄豚と、“満宝”と名づけられた60kgの雌豚 が、現在残った満州豚の基本種となりました。
その後、満州豚を日本に普及させようと努力した近江氏ですが、病に倒れる事態となり、土地や家屋を処分して、栃木県石橋町に移住し、長い療養生活をおくる身となりました。
満州豚の2011年3月11日以後
福島県いわき市で100%原種の満州豚を育てていた新妻氏は、東日本大震災が起きた後、福島の環境下で満州豚を育てていくことに限界を感じ、大切に育ててきた豚たちを疎開させ、種の保存をすることを心に決めます。
新妻氏は、10年以上前から交流のある「豚博士」、桑原氏に救いの手を求めました。桑原氏は静岡県富士宮市の富士農場の獣医であり、豚の人工授精の権威です。世界中から優れた豚の原種を調達・飼育し、その血筋を世界中に供給しています。現在、その富士農場に原種の満州豚は託されています。
「満州豚」×「LYB豚(ルイビブタ)」
今回ご紹介する豚肉は、新妻氏が守ってきた「満州豚」に桑原氏自慢の「LYB豚」をかけ合せたものです。「LYB豚」は、日本の豚の原種を6種類もっている富士農場の桑原氏だからこそできた、ランドレース(L)とヨークシャー(Y)を交配し、バークシャー(B)を掛け合わせた豚です。
豚博士によると、「満州豚」×「LYB豚」=「セレ豚」は双方の良いとこを受け継ぎ、肉質はLYB豚のような噛みごたえのある食感を持ち、味は満州豚に似ているとのこと。
数奇な運命により、今日まで残されてきた原種「満州豚」の血は、これからも大切に受け継がれていくのです。
(文・株式会社 食文化 代表 萩原章史)