初代の平山長利と泰夫婦が、昭和十年代に壱岐の湯ノ本の温泉権を購入し、三十六年に開業したのが平山旅館。

二代目の平山敏一郎と女将の平山宏美が、現在の素材を生かした平山旅館の食の礎石を築き、現在は三代目の平山周太郎がその味を引き継ぎます。

壱岐の自然	左から女将・私・若女将	料理長の平山さん

壱岐の海は豊か

二代目は自ら漁をしますが、旅館では地元の港で四季折々の海の幸を仕入れます。
壱岐には何か所かの漁港がありますが、私(食文化 萩原)が訪ねたのは郷ノ浦。
様々な魚種が並んでいるのは、瀬付きの魚と回遊魚の両方に恵まれている証です。
大きなアジ、ブリ、アオリイカ、イサキ、マグロ、地元で『のうそう』と呼ばれる、美味なホシザメも水揚げされていました。

壱岐の近海はまだまだ魚影が濃い	のうそう（ホシザメ）	生簀のアラ（クエ）

冬の美味　岩礁の王者アラ　鍋が絶品

いわゆる、クエです。福岡や長崎ではクエをアラと呼び、珍重します。もちろん、幻の美魚であることは間違いないです。
私が訪ねた時は、４ｋｇ級のアラが４尾　他の魚とは別扱いで、生簀に生かされていました。 アラとしては小さいですが、最近では大きなものは少なく、まさに幻状態です。
平山旅館の冬の魚料理の横綱はこのアラの鍋。冬に脂が乗るアラの全てを堪能するには最高です。 身はもちろん、頭・ひれ・内臓などのゼラチン豊富な部分は絶品です。

壱岐は小さな島ですが、実は美味な米の産地でもあります。非常に生産量が少ないことから、幻の美味な米とも呼ばれます。
多くの田ではいまだには天日干しされ、その落ち穂を食べに、多くの天然の鴨が集まります。

二代目は１１月１５日から２月１５日までの猟期、毎朝、鴨の猟に向かいます。

上質な米を食す鴨は当然のこと上質になります。撃った鴨は二代目の手ですぐに処理されるので、状態はとても良く、刺身でも食べられます。
この天然の鴨の滋養を余すことなく堪能するには鍋が一番です。
無農薬栽培の力強い島の野菜と、重厚な島豆腐が脇を固め、鴨で取った甘めの出汁を鴨のつくね（たたき）でパワーアップし、鴨の胸肉をしゃぶしゃぶして頂きます。 鴨の骨も血も肉も余すことなく食べることで、自然の恵みに感謝しつつ、滋養を受取る実感がします。

女将が島の各地で農家の方々と栽培している野菜　これがかなり実力

私が訪ねたのは、山田さんと中村さん夫婦が精を出して手入れしている畑でした。
農薬と化学肥料を使わない畑。農薬の代わりは手。化学肥料の代わりは貝殻やウニの殻と堆肥。自らの生命力を発揮して成長する骨太の野菜は、 見た目は悪くとも、味は濃厚にして、しっかりと自らを主張してきます。
この野菜があって、力のあるアラや鴨とのバランスが取れます。実際、そのまま畑でバリバリと食べましたが、しっかりと味がありました。

山羊がのんびり餌を食む農園	野菜を作る皆さん	畑には貝殻やウニの殻がたくさん

山羊が餌を食み、虫や鳥が集う畑。効率とは縁遠い空間から、丹精込めた野菜が生まれます。 もちろん、毎日、収穫され、旅館に届けられるわけですから、その鮮度は抜群です。

１３１０年に書かれたと伝えられる、『国牛十図』にも登場する壱岐牛。この肉も美味。
アオリイカの活造り、アワビ、島茶漬けなど、季節ごとに素材は変わりますが、壱岐は食材の宝庫。その素材を生かす平山旅館の料理は素にして美味です。

壱岐牛も美味	天然鴨の鍋　温まります

島の放し飼いの鶏を使った『ひきとおし』　この鍋料理は甘めの出汁ですが、力強い鶏の内臓や肉、 そして野菜からあふれる味と渾然一体となると、不思議なバランスが生まれ、最初は『甘いかな・・・・』と 思いますが、食べ進めていくと、ちょうど良い具合になります。

海水が岩盤に浸み込み、６９度まで温められて自噴する温泉

平山旅館の古い源泉

平山旅館が数年前に改築した時に古い原泉が発見されました。少なくとも百年以上は経っていると思われる古い原泉です。 また、旅館に伝えられる薬師如来像も江戸時代の作とのこと。

湯ノ本温泉の存在を確実に残す記録は、『寛永元年（1624）に湯治が開かれ、温泉山医王院と称した。』というものです。
伝説では、五世紀に神功皇后が三韓征伐の折に発見し、我が子の応神天皇に産湯を使わせたというものが最も古いです。 魏志倭人伝に『一支国』として登場する、原の辻遺跡がある壱岐です。五世紀に温泉があったとしても不思議ではないです。