白神山地と房住山の豊かな水が育む
森岳じゅんさい
清らかで豊かな水でしか生きることができない “じゅんさい” 実にその96%以上は水 若芽を守る透明な粘質物がじゅんさいの魅力 日本一の森岳じゅんさいは 『美しいぷるぷる』 に包まれた極上品
“じゅんさい”を食すとは、すなわち、清らかな水を食すこと
生活排水や農薬・除草剤などが生息沼に流入するとじゅんさいは枯れてしまいます。まさに、じゅんさいは水資源と流域の環境バロメーターです。
じゅんさいの古名は『蓴』(ぬなわ=沼縄と読む)。古くから食用にされ、万葉集や古事記にも登場しますが、日本各地の環境悪化により、今ではほとんど生育地が無くなってしまいました。
秋田県三種町の森岳は、日本のじゅんさいの約5割を産する『じゅんさいの町』。5割という値。それは如何に森岳の水と周辺環境が良いかの証でもあります。
森岳じゅんさいの発祥の地“ 角助沼 ”今では静まりかえっています
森岳じゅんさいの発祥の地として名をはせた『角助沼』。今ではじゅんさいの姿はありません。水質悪化により、じゅんさいが死滅し、その後、何度か再生に取り組みましたが、いまだに、成功はしていません。
昔の写真には何百艘もの小船が、角助沼でじゅんさいと採っている情景が記録されていますが、今の角助沼はじゅんさいシーズンでも静まりかえっています。
じゅんさいの生える沼には、多くのメダカや蛙などの生物が生息し、それを食する動物も共存しているので、湖岸に立っていても、水音でとても騒がしいです。つまり、じゅんさいが育つ池や沼はとても水質が良く、動植物の楽園なのです。
かつての角助沼
今ではじゅんさいは育たない角助沼
白神山地と房住山の水が命の、じゅんさい栽培
森岳じゅんさいは自然沼産と人工沼産がありますが、どちらも三種川の流域に所在します。厳密な定義づけは難しいですが、湧水レベルの美しい水の流入がない沼湖には育たないじゅんさいは、白神山地水系か修験者の道場として有名な房住山の水系のどちらかの水により育まれます。
特に白神山地の水系については、自然の水に加え、昭和45年に完成した素波里ダムから導水し、森岳地区の高台のじゅんさい沼に大量に給水されています。
森岳の高台にある給水塔の高さは、素波里ダムの取水口と同じ高さで、サイフォンの原理で白神山地から水を運んでいます。
この水が大量にじゅんさい沼に注がれます。年間通して低い水温を保つ白神の水はミネラルが豊富で、立派なじゅんさいを育みます。
そして、そのじゅんさいを食すことで、人間の身体も潤わせてくれます。最近ではじゅんさいのヌメヌメ成分の保湿力と抗酸化作用を利用して、化粧品も作られています。
今回、じゅんさい生産や流通に携わる多くの現場をまわりましたが、驚くほど、女性が元気で若々しく、まさに秋田美人とはこの環境と食が生むのだと思いました。
じゅんさいの収穫は厳しい労働
じゅんさいの収穫は夏場の早朝から夕方4時くらいまで。ほとんど休みなく、女性達はじゅんさいの摘み取りに集中します。葉が大きくなり過ぎると価値が落ちてしまうので、この時期の収穫作業は時間との勝負です。
船が小さいので、大柄な秋田の男性が乗るのはむいていません。多い人は1日で40kgものじゅんさいを摘むので、下手をすると自重で沈没しかねません。
高級な料理屋で珍重される 『じゅんさい』 は、先のTの字部分です。収穫は成長先端のTの字部分から少し下の葉まで採るので、高級品や瓶詰めの加工品はこの先部分を手間かけて切り出し、選別します。この作業も女性達の独壇場です。
地元の森岳ではじゅんさいを鍋で食す。無選別のじゅんさいは鍋に最高!
料理屋でじゅんさいと言えば、小さなじゅんさいが数個入った酢の物で、高価なイメージですが、産地の森岳では違います。大量のじゅんさいを何と鍋にして食べます。
じゅんさいを覆うヌルヌルのゼリー状の正体は多糖類(ガラクトース、グルクロン酸、フコース、マンノースなど)。また、じゅんさい100gは11カロリーと低カロリーなので、食べ過ぎても心配ないです。
森岳じゅんさい鍋の脇を固める秋田の食材たち
出汁の主役は“比内地鶏”
非常に上質な脂と赤身の濃厚な味が魅力の比内地鶏。そのがらで取ったスープがじゅんさいを生かしてくれます。もちろん、お肉も比内地鶏。特に内臓類からは濃厚な味が染み出します。 今回の比内地鶏は八郎潟の干拓地で放し飼いで育てられた、正真正銘の比内地鶏です。出荷までに費やす時間は180日。普通の鶏の3倍、多くの銘柄鶏と比較しても、2倍近い長さです。こうして手間ひま掛けて育った比内地鶏は他の鶏肉とは一線を画す味わいになります。
山菜は“みず”
みずはじゅんさいの微かな香りと味を壊しません。どちらかと言えば、比内地鶏とじゅんさいの味わいを吸い込み、絶妙な味わいになります。少し煮込んでもしっかりと主張してくれます。(みずが入った鍋セットの販売は夏シーズンのみ)
“朝採りのじゅんさい”は最後に それも火を通しすぎない!
さっと水洗いするだけです。洗いすぎるとせっかくの『ぷるぷる』が取れてしまいます。
スープを張り、沸騰したら比内地鶏を入れ、再度沸騰したら、みずを入れます。みずに火が通ったら、最後に主役のじゅんさいです。一度に全部を入れるのではなく、食べる分だけを入れ、軽く温まれば食べごろです。絶対に煮込んでは駄目です。
環境破壊と少子高齢化が じゅんさいを第二の危機に
秋田県の三種町はここ20年間で人口が約2割減少し、65歳以上の老齢人口は早くも30%を超えました。環境破壊がじゅんさいを苦しめてきましたが、今度は摘み手の不足です。収入が少ない農家は廃業し、じゅんさいの作り手は減り続けています。
じゅんさいを筆頭に、比内地鶏やあきたこまちなどの素晴らしい農産物を算出する秋田。日本の少子高齢化の問題が、いち早く具現化し、苦しんでいるのも秋田。 何とかお役に立ちたいと思うのは、私だけではないと思います。初夏から夏にかけては、『森岳じゅんさい鍋』で暑気払い。冬は雪深い秋田の保存食として、からだが暖まる具材とともに鍋にして食す。そんな季節の定番にしたいです。 鍋の素材がシンプルに絡み合い、意外な驚きの美味になります。最後の汁の1滴まで堪能できます。
(文・株式会社 食文化 代表取締役社長 萩原章史)