冬の加賀の最強の魚と
野菜の合わせ技一本の美味!
かぶら寿し本舗かばた
かぶら寿し
加賀藩の時代 鰤一本は米一俵に値するご馳走でした。
表意文字の漢字を読めば一目瞭然、百獣の王の獅子と同格の百魚の王こそが鰤。それも寒鰤は別格です。
冬の加賀野菜の飛車角に値する蕪を相手に、天然鰤が発酵の技で一体となった美味こそが「かぶら寿司」。
かぶら寿司と言えば奥深い加賀の食文化の代表です。
しかし寿司と言っても、所謂、見慣れた寿司でも鮨でもない、見た目は蕪の麹漬に近いがこれを漬物と分類すべきか。
実は正月に欠かせないご馳走であり、加賀人以外が理解するには少し時間が掛かる「かぶら寿司」。石川の老舗「加葉田」が作る昔ながらの味わいをご紹介します。
雷鳴轟く頃の寒鰤はまさに冬魚の王
「ぶり起こし」と呼ばれる雷鳴が轟くようになると石川県はいよいよ冬到来。ブリ漁が本格的に始まり、店頭にも大量に並びはじめる。丸々と太った鰤は暮れの祭事や贈答品に欠かせず、新婦の実家から嫁ぎ先へ贈る風習も残っているほど特別な存在です。かつては殿様への献上品でもありました。
かぶら寿司に使う寒鰤が石川の人々の脈々と受け継がれる特別な存在であるのは間違いありません。
加葉田では、この頃揚がる天然の7〜8kgサイズの鰤を、地元の魚屋に目利きしてもらい買い付けます。
出世魚の鰤と北陸の雪を思わせる、新年に欠かせない一品
「かぶら寿しがないと正月が来ない」という人もいるほど、正月料理には欠かせない存在。その起源ははっきりわかってはいないものの、
1800年初頭に書かれた加賀藩の儒学者金子有斐の「鶴村日記」1月3日の記に、「雪降る、魚屋小兵衛方より鰤のすし来る、風味よろし」とあり、江戸時代には年末年始の挨拶に贈る風習があったことが伺い知れます。出世魚の鰤を使う縁起の良さと、北陸の雪を思わせる白糀を纏い、古くから新年を迎える一品として親しまれていました。
在来種の蕪だから出せる食感と
少し苦みのある昔ながらの味わい
もともとかぶら寿しは、家庭で漬け込んでいたものでしたが、今は漬物店や味噌・糀を扱う店などが作った、ご贔屓のかぶら寿しを買い求めることが、年の瀬の風物詩。
かぶら寿し本舗かばたは、大正14(1925)年創業。かぶら寿しを初めて商品化した漬物店。社長の加葉田恵子さんは、先代から受け継いだ作り方を守り続けています。
かばたのかぶら寿しは、在来種の「金沢青カブ」を使います。
皮は薄い黄緑色で肉質は硬めで繊維質。少し苦みのある蕪です。「今、かぶら寿しの多くは、やわらかい白蕪と青蕪を掛け合わせた蕪を使っています。金沢青カブを使うと、パリッと硬めでほんのり苦みを感じる仕上がりです。金沢に白蕪がなかった50年ぐらい前までは、地元のものをできた時期に食べていた…うちのかぶら寿しは、その時代のかぶら寿しです」。
金沢青カブを育てる契約農家、小林溥志さんは、加葉田さんの父の時代からのお付き合い。在来種は一本の畝に同時に種をまいても、同じように育ちません。1個ずつ成長の様子を観察しながら世話をし収穫していかなければならず、この金沢青カブの農家は、小林さん含めて2軒のみ。種は、この生産者たちが守り継ぐものしかありません。「手間はかかるね。でも、作り続けないと途絶えてしまうから」。小林さんの言葉には、加葉田さんと共通する使命感のようなもがありました。
大量生産はせず、
できる範囲で丁寧に
金沢市内にあるかばたの工場には、「お父さん」と呼ぶ鰤の仕込みの職人がいます。81歳の土田義直さんです。1度に100尾の鰤を仕込むという土田さん。まずは、三枚に卸した鰤1枚ずつにたっぷりの塩をすり込み、塩を敷いた大きなタンクに並べていきます。背と腹をバランス良く、重石をしたとき重力が均一にかかるよう高さを揃えて。再び塩を重ねて重石をし、約10日後、飽和状態の塩で硬く締まった鰤を引き揚げます。
皮を剥ぎ、血合いを丁寧に取り除き、2mmにスライス。水分を吸うと倍の厚みに復元し、蕪の歯ごたえを受け止める食感になるそうです。外側をほんの少し薄めに仕上げると蕪の形にうまく収るのですが、魚の形はそれぞれ違うので、切りながら微妙に調整しているという土田さんに、切った塩漬けの鰤の切れ端をいただいてみました。確かに塩っぱいのですが、旨みがぎゅーっと凝縮していて、まるで生ハムのよう。1切れで日本酒2合はいけそうです。
蕪は、切り込みを入れて4〜5%のふり塩をして塩漬けにします。塩水につければ均一に塩がまわるのですが、そうすると水分を吸って蕪の味が薄くなってしまうので、かばたでは、ふり塩に。在来種は1個ずつ大きさや形が違うため、今はすべて手で切っています。挟む作業もひとつずつ蕪の大きさや切り込みの深さを指で確認しながら、鰤がはみ出ないように。蕪に残った小さな繊維を見つけると、骨抜きで取り除きます。
蕪と一緒に漬け込むのは、糀を自社で炊いた甘酒。鰤を挟んだ蕪を樽に時計と反対回りに、花のように並べ、その蕪の上に一握りの甘酒をのせるのです。在来種なので、蕪の大きさに合わせた量をのせるのは手加減。塗っていない部分が水の通り道になり、漬け上がりが水っぽくならないとのこと。漬け込んだら2〜3日は常温で発酵を促し、あとは氷温で保管します。
「昔ながらの味わいを大切に、うちは大量生産でなく、できる範囲で丁寧に作り続けていこうと思っています」。樽の中に蕪を美しく並べながら、加葉田社長はそう話してくれました。
お正月にかばたのかぶら寿しをどうぞ
漬け込んでから約2週間。受け継がれた味を守り続ける人たちと、糀菌と乳酸菌が醸すかばたのかぶら寿しが、食べ頃を迎えます。
糀は取らずにそのまま召し上がってください。蕪の外側と中心部分がの食感の違いを楽しめるよう、扇形に切ります。
糀は生き物。発酵は徐々に進み、徐々に酸味が増します。少し酸っぱくなった方がお好きな方は、涼しい場所で数日置いていただくとよいと思います。酸っぱいのが苦手な方は、冷蔵庫のチルド室などに保存していただければ、多少発酵を抑えられます。お好みに合わせて、また味の変化も含めて、かぶら寿しをお楽しみください。
文・つぐまたかこ
撮影・品野塁