一尺を超える大魚も珍しくない球磨川の鮎。
日本三大急流の一本にして、日本一の清流は、その深い淵では鮎を休ませ、浅く早い瀬では、豊かな日照が鮎の餌となる苔を育み、清流に酸素を送り込む。
そんな球磨川だから、他の河川の鮎とは一線を画す立派な鮎が水揚げされる。豊かな鮎を守るための、持続的な自然保護と資源保護があって、この鮎を頂くことができる。球磨川の鮎はまさに別格だ!
秋は落ち鮎の季節 錆色が美しい
秋は落ち鮎の季節。巨大な鮎たちが、台風や秋雨で水かさが増した頃を見計らって産卵のために一斉に川を下り始めます。取材に訪れたのは9月27日、この日も婚姻色の錆色が出始めた強面の鮎が網にたくさん掛かっていました。
漁の始まりは真っ暗闇の午前4時。早朝6時に網をあげに再び川に戻ります。ポイントは球磨川最大の支流、川辺川。鮎漁は漁師たちが個々人で行うため、市場代わりの小さな集積所に各自が持ち込みます。この地域一帯にこうした集積所が点在し、8時ごろになると、問屋が回収してまわります。
シーズンに入ってから漁期を終えるまでこれが毎日続きます。球磨川の漁師たちは、暁の短い時間帯しか漁をしないことで、資源を守りつつ、最高品質の鮎しか獲らないという、暗黙のルールを守っているようです。
一尺は30.303cm
この鮎は27㎝はあろうか
そっぷ型の力士とでも
表現したくなる
見事な魚体
夜獲りと朝獲りとでは価値が全く違う
鮎は昼間に盛んに食し、夜は食べません。
その為、日没後に網に掛かる鮎はお腹に餌が入っています。それに対して、夜明け前に網に掛かり、早朝に水揚げしたものは、お腹が空っぽです。鮎は『腹から傷む』ものなので、腹に餌が入っていない朝獲りの鮎は高品質とされ、高値で取引されます。
大雨で水かさが増えたある年のこと、とあるポイントに網を仕掛けたところこれが大当たり。半月で30万も稼いだらしい。それを知った奥さんから毎日漁に行けと言われる小鶴隆一郎さん(写真右上)。本業は電気屋。漁は定員2名ほどの小舟で漁場へ向かう。(写真右)
友釣り漁師の恰好はさながら侍の鎧のよう(写真左上)。 鮎は人影を嫌うため釣れるポイントを求めて上流へ向かうため、どんなに暑い日も完全装備で釣りに挑む。蜂の大群に襲われても川でこけてもケガ知らず。全てお手製。この地域でも有名な若手釣り師、田副さん。
球磨川は大鮎の宝庫
急流育ちの鮎は
身が締まり美味!
球磨川は魚体が30cm近くもある尺鮎が釣れる全国随一の川としても知られています。平均気温が高いこと、日照時間が長いこと、鮎の密度、それに水質が良好であるため太陽の光が川底まで届き、鮎の主食である藻類がよく繁殖するなど、鮎が育ついくつもの条件が揃っています。
特に球磨村から河口の八代市までは巨岩が連なる急流が続きます。川の激しい流れにもまれて筋肉質で、脂の乗った鮎が沢山獲れるのもうなずけます。また一方で、まだまだその生態系に謎の多い鮎ですから、もともと大きく育つDNAを持ちあわせているのかもしれません。
球磨川の支流「川辺川」は日本有数の水質を誇る
球磨川は、熊本県球磨郡銚子笠(標高 1,489m)を源流とした延長115kmにも及ぶ一級河川で、
最上川・富士川と並ぶ日本三大急流の一つ。人吉盆地を貫流し、山間の狭窄部から八代海に注ぎます。
中でも支流の川辺川(延長62km)は、水質が最も良好な河川として、
平成18年度に調査が始まって以降、連続して日本一との評価を得ています。
参考:国土交通省
http://www.mlit.go.jp/common/001138177.pdf
昭和30年までは大漁だった鮎も
今では20分の1に…
近年、球磨川の自然を取り戻す動きも
全くダムが無かった頃の球磨川の鮎の水揚げは、
今の20倍ほどあり、その頃は川の瀬に上流に背中を向けて座り、
手で鮎を押さえて獲れたほど魚影が濃かったそうです。
数多く点在していた産卵に適した浅瀬も何十キロと失いました。
現在球磨川では、ダムや堰まで遡上してきた稚鮎を捕獲し、
ダムの上流に運んで放流する活動が続いています。
また以前の球磨川の姿を取り戻そうと、河口から20kmに位置する
荒瀬ダムの撤去工事が平成24年から始まりました。
ダム撤去は全国初の本格的な取り組み。
沢山の鮎が戻ってくることを願わずにはいられません。
この時期の鮎は、急流に鍛えられた骨と筋肉が充実しているものの、脂は卵と白子に奪われアスリートのような魚体になります。9月下旬から11月にかけて、「焼き鮎」作りが行われます。これがこの地域に暮らす人々の大事な冬の保存食でした。
晩秋、卵と白子を持ち、脂が落ちた鮎の内臓と卵と白子を取り、素焼きにして、さらに乾燥釜で一昼夜乾燥させて完成する焼き鮎は、最高の出汁が取れます。鮎ご飯はもちろん、雑煮の出汁にも使われます。焼いた天然鮎を出汁にする、何て贅沢な話でしょう。
標高1400mの山々に囲まれた球磨の地は、まさに天然の要塞のよう。
自然が昔のままの姿で残されているような素朴で豊かな土地です。
球磨川の鮎を取り囲む食文化は奥深く、そこで生きる漁師たちは皆、元気。
強靭な筋肉に散りばめられた脂が、他の河川の鮎とは異次元のうまさを発揮してくれる。
塩焼きも美味しいけれど、筋肉質で脂ものった球磨川の鮎の刺し身は感動ものです!
(文・食文化 川口若菜)